eスポーツのマーケティング業務 パイプラインの構築と業界の課題とは
日本でもeスポーツ業界に参入する企業が増えていますが、具体的にどのような取り組みを行っているのか知る機会は少ないと思います。
今回はNASEF本国が実施したKroenke Sports and Entertainment(KSE)eスポーツ部門のマーケティングディレクター Joy Chao氏へのインタビューをもとに、「eスポーツのマーケティング」について紹介していきます。
地域社会との繋がりや、ホッケーを例としたパイプライン構築など、今後eスポーツ業界で働きたい学生だけでなく、すでに業界で活躍している方にも役立つ内容となっています。
KSEの事業
KSEは「Los Angeles Rams」や「Colorado Avalanche」、「Denver Nuggets」といったチームを運営し、スタジアムの建設・運営やマスメディア業なども行う企業です。
2017年からオーバーウォッチリーグの「LA Gladiators」、2019年からコールオブデューティーリーグの「Guerrillas」をそれぞれ運営しています。
また現在、「ハリウッド・パーク」という巨大な複合施設を建設しており、そこではeスポーツチームを含む多くのチームがプレーすることになっています。
現在、KSEのマーケティングはJoy Chao氏と業者が協力して行っており、全体像の計画が練られています。マーケティングは包括的な戦略であり、ソーシャルメディアやビデオコンテンツ、広報、ブランディングなど、さまざまな業務に関わります。
どのように地域社会と繋がるか
「LA Gladiators」は伝統的なスポーツからの投資を受けているチームのひとつですが、eスポーツのマーケティングと伝統的なマーケティングは異なるように思えます。
しかし、KSEは街に根ざしたフランチャイズであり、長期的な視点でeスポーツに取り組む姿勢を持っています。投資がうまくいかなかったらeスポーツから撤退する、というものではありません。JoyChao氏が考えるのは、「どのようにして地域社会と繋がるか」です。
Joy Chao氏は伝統的なスポーツから見習うべき点として「コミュニティへの働きかけと、そこからの成長」を挙げます。例えば、ロサンゼルス・フットボール・クラブ(LAFC)は、草の根的なコミュニティとマーケティングを駆使して、LAの近隣住民を味方につけて成長してきました。前述のハリウッド・パークもこの流れを汲んでいて、地域とのつながりを大切にしています。
「LA Gladiators」のラテン系を尊重したユニフォーム制作
「LA Gladiators」は、LAで生まれ育ったラテン系アーティストにユニフォームのデザインを依頼しました。LAの伝統的なスポーツファンの大半はラテン系コミュニティが占めており、「LA Gladiators」の熱心なファンの多くもラテン系だからです。彼らの存在を強調し、尊重することがコンセプトとなりました。
そもそもLAは、MLBの「ドジャース」やNBAの「レイカーズ」など、日本でも名のしれた名門チームの本拠地です。LAで「チーム」として活動することは、様々な期待や重圧が伴うことなのです。
Joy Chao氏はマーケティングの観点から「本物であること」を大切にしました。そのために必要なリソースや戦略、様々なアプローチを駆使して、どのように企画を実現したのかというストーリーを伝えられるよう努力しました。Joy Chao氏は「デザイナーがユニフォームをデザインして終わりという話ではありません。背後にストーリーと歴史があるのです」と話します。
ユニフォームのデザイナーとして、LA生まれで、eスポーツのユニフォームデザインを仕事としているDavid Siquieros氏に白羽の矢が立ちました。彼の大叔父であるDavid Siquieros氏は、メキシコの有名な壁画家でした。
単にユニフォームを制作するだけでなく、伝統や舞台裏のプロセスを紹介するコンテンツも制作されました。ユニフォームと舞台裏での努力の反響は、非常に良いものだったといいます。
【Inven Global社のChris Cuevo氏によるオルタネート・ユニフォームについての記事を読む】※全英文になります。
ホッケーに見るeスポーツのパイプライン
NASEFの目的は「eスポーツがいかに教育的になりうるか」を示すことであり、そのためのパイプラインを構築しています。Joy Chao氏はホッケーを引き合いにして、eスポーツ発展のパイプラインについて話してくれました。
ホッケーは北米の主要スポーツのなかでは人気が劣るため、ファンを増やしていくために様々な取り組みを行っています。Joy Chao氏は、そのなかでもホッケー人気が低いサウスカロライナ州などのチームの活動に注目していると言います。
ホッケーの問題点は、お金がかかること。サッカーのようにボールひとつあれば簡単に始められるものではないので、人々が身近に体験できる機会が必要です。
その点で南カリフォルニアはジュニアチームやリトルチームのプログラムを作った優れた場所であり、今ではNHL全体で採用されています。1週間のブートキャンプを設け、無料の用具を使って150ドル程度で参加できるようにするというものです。気軽にホッケーを体験する機会を作り、子どもたちに興味を持ってもらうきっかけにするのです。
「Los Angeles Kings」(NHLのプロアイスホッケーチーム)は子どものうちからホッケーに興味を持ってもらうため、多額の寄付を行っています。そのスポーツに興味を持つ人が増えれば、ゆくゆくはファンとなり、才能のある人は選手になるというパイプラインが出来上がります。
日本では、野球に置き換えると理解しやすいかもしれません。野球は国技ともいわれる競技ではありますが、近年は用具を揃える手間や金銭的な負担が指摘されており、競技人口の減少が問題視されています。その対策の一環としてeスポーツでプロリーグ(eBASEBALL)が開催されたことは、特筆すべき例といえるでしょう。
eスポーツ業界が直面している課題
「ゲームは時間の無駄」という指摘
eスポーツ業界が直面している課題として、「ゲームは時間の無駄」という指摘があります。これを解決するためには、「eスポーツが現実的なキャリアになりうること」を知ってもらうための教育プロセスが必要です。
KSEとハリウッド・パークは、この問題の解決に取り組んでいます。地域社会との関わりの最初のステップとして、保護者にeスポーツが現実的な仕事の選択肢であることを伝えるため、地元の高校でキャリアフェアを開催します。スタジオやチーム、フリーランスで働いている人たちを紹介し、eスポーツ業界で実現可能なキャリアパスを紹介するのです。
若い世代へのアプローチ
Joy Chao氏は「LAがeスポーツのハブになっていることから、奨学金プログラムを若い世代に向けて導入したい」と話し、ホッケーのように「8歳以下、中学生、高校生」の3つのレベルで人々に紹介できるよう整備したいと展望を明かしました。
また、Joy Chao氏はまだ十分に調べていないことを前置きしながら、「多くの家庭でPCゲームよりもゲーム機の方が身近なのは所得格差があるからでは」と指摘します。
eスポーツ業界を目指す学生に必要なこと
Joy Chao氏はeスポーツ業界に入りたいのであれば「まず自分の強みを知る必要がある」と言います。自分の強みを知り、それを伸ばしていくことでeスポーツ業界で活躍できる人材になれるというわけです。
例えばeスポーツ業界では、弁護士やエージェントのニーズが非常に高まっているそうです。法律に興味があれば、ロースクールに進んでその知識をeスポーツ業界で活かすこともできるのです。
eスポーツ業界のマーケティングだけでも、ビデオコンテンツやソーシャルメディア、プレイヤーエージェントなど選択肢は数多くあります。どんな分野であっても、その経験や知識をeスポーツに活かす情熱があれば活躍できるでしょう。